ピークが終わって、ようやく座れたのは 15 時。まかないを 5 分でかき込んで、また夜の仕込みに立つ。気づけば今日も 12 時間、休憩らしい休憩は取れていない——。
結論から言います。飲食店がきついのは、あなたの根性が足りないからではありません。飲食は、日本で最も人が辞めていく業界です。厚生労働省のデータでも、年間の離職率も、新卒 3 年以内の離職率も、どちらも全産業でワーストです。つまり「きつくて辞めたくなる」のが、統計的にごく普通の反応なのです。
この記事では、なぜ飲食がこれほど人を手放し続けるのか——その「回転ドア」の構造と、あなたを守るために知っておいてほしい「名ばかり店長」の話を、公的データをもとに整理します。
「日本一、人が辞める業界」— 数字が示す現実
まず、あなたの感じている「きつさ」が気のせいでないことを、データで確認します。
厚生労働省の「雇用動向調査」によると、「宿泊業・飲食サービス業」の年間離職率は 26.8%。これは全産業のなかで最も高い数字です。全産業平均が 15% 前後ですから、およそ 2 倍。1 年で 4 人に 1 人以上が職場を去っている計算になります。
この数字は、「その年に働いていた人のうち、4 人に 1 人以上がその職場を離れた」という意味です。3 年、5 年と積み重なれば、同じ顔ぶれはほとんど残りません。長く働く人ほど貴重な存在になる一方で、「相談できる先輩がいない」「教えてくれる人がいない」という状況も生まれてしまいます。
若手に絞ると、さらに厳しい数字が出ます。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」では、宿泊業・飲食サービス業の 3 年以内離職率は 大卒で 56.6%、高卒で 65.1%。どちらも全産業でワーストです。高卒なら 3 人に 2 人、大卒でも半数以上が、3 年もたずに辞めていきます。
ここで大事なのは、飲食は「入る人」も同時にとても多い業界だということです。入職率も全産業トップクラス。つまり飲食は、人が次々に入っては、次々に辞めていく「回転ドア」のような構造になっているのです。
言い換えれば、飲食は「人が来ない業界」ではなく、「人は来るのに、定着しない業界」です。求人を出せば誰かは来る。でも、その人が半年後もいる保証はどこにもない。現場がいつまでも「新人を教えながら回す」状態から抜け出せないのは、このためです。
あなたの店で人がすぐ辞めるのは、あなたの店だけの話ではありません。業界全体が、そういう構造で回っています。そして、この回転ドアこそが、現場をさらにきつくしている張本人です。
なぜ回り続けるのか — 辞めるほど、きつくなる悪循環
飲食のしんどさは、単発の問題が並んでいるのではありません。「人が辞める」ことが、次の「辞めたい」を生む——そういう連鎖になっています。順に見ていきましょう。
① 人が抜けた穴は、残った人が埋める
誰かが辞めても、明日の営業は止まりません。募集をかけても人はすぐ来ない。結果、その分の仕事は、残っているメンバーで分け合うことになります。シフトは詰まり、休みの日に「今日だけ入れない?」と電話が鳴る。断れば店が回らないと分かっているから、断れない。
こうして、まじめな人ほど連勤が増え、疲れが抜けなくなる。辞めた人のしわ寄せが、残った人の限界を早める——回転ドアの一周目です。
しかも、新しい人が入っても、それですぐ楽になるとは限りません。教える余裕のない現場では、新人はいきなり現場に立たされ、分からないまま怒られ、続かずに辞めていく。「採用しても育たない」——この繰り返しが、回転ドアの回転をさらに速めていきます。
② ピークタイムは、戦場になる
少ない人数で迎えるランチやディナーのピークは、文字どおりの戦場です。オーダーが詰まり、料理は出ず、ホールから催促が飛び、キッチンは怒鳴り声。客からは「まだ?」と急かされ、頭を下げながら次の伝票を打つ。
人が足りていれば起きないはずのパンクが、慢性的な人手不足のせいで毎日起きる。この緊張を毎営業繰り返せば、心が削られていくのは当然です。
③ 休憩が取れない、長時間、深夜
法律上は休憩を取る権利があるのに、「回らないから」と実質的に取れない日が続く。仕込みで早く出て、ラストまで入り、閉店後の清掃と締め作業で終電間際。翌日はまた昼から——いわゆる「通し勤務」や深夜勤務が、生活リズムを壊していきます。
世の中が休んでいる土日祝や年末年始こそ、飲食の繁忙期です。友人や家族と予定が合わず、季節のイベントはいつも仕事。この「みんなと違う時間を生きる」感覚も、じわじわと孤独感を生みます。
念のため書いておくと、労働時間が 6 時間を超えれば 45 分、8 時間を超えれば 1 時間以上の休憩を与えることは、労働基準法で会社に義務づけられています。「忙しいから取れない」は、本来あってはならない状態です。休憩が取れないのが当たり前になっているなら、それは店の体制の問題であって、あなたの手際が悪いからではありません。
④ 賃金は、労力に見合いにくい
これだけの労働時間と体力を使いながら、飲食の賃金水準は決して高くありません。アルバイトは最低賃金近く、社員になっても給与の伸びは緩やか。「これだけ働いて、この額か」という思いが、辞める決断の最後のひと押しになることは少なくありません。
とくに正社員の場合、月給にあらかじめ一定時間分の残業代が組み込まれていて、どれだけ働いても支給額がほとんど変わらないケースもあります。時給に換算すると、自分が指導しているアルバイトより低い——そんな逆転が起きるのも、飲食では珍しい話ではありません。
⑤ 酔客・クレーム — 客の理不尽
UA ゼンセンの「カスタマーハラスメント対策アンケート調査」では、流通・サービス業で働く人の 46.8% が直近 2 年以内に客からの迷惑行為を受けたと回答。最多は「暴言」(39.8%)でした。
飲食、とくに酒を出す店では、酔った客の絡み、大声、セクハラまがいの言動が加わります。料理が遅いと怒鳴られ、自分のミスでなくても謝る。笑顔で受け流すのが仕事とはいえ、理不尽を浴び続ければ心は摩耗します。
深夜の店なら、泥酔した客の介抱、客同士の言い争いの仲裁、無銭飲食への対応まで求められることもあります。本来なら責任者や警察が対応すべき場面でも、その時間に店にいるのが自分だけなら、自分でなんとかするしかない。接客の範囲を明らかに超えた負担が、当たり前のように現場へ降ってきます。
⑥ 体が壊れる
立ちっぱなしで腰と足を痛め、油で火傷し、包丁で指を切る。重い食器やビールケースを運び、真夏の厨房は 40 度近くになることもある。若いうちは勢いで乗り切れても、体は確実に消耗していきます。
しかも、体調が悪くても代わりがいなければ休めません。熱があっても、腰が痛くても、「今日抜けたら店が回らない」と思えば出勤してしまう。この「休めない」という感覚が不調を長引かせ、いつのまにか慢性的なものに変えていきます。
——こうして限界を迎えた人が、また一人辞める。すると①に戻り、残った人の負担が増える。これが、飲食の回転ドアが止まらない理由です。あなたがしんどいのは、この輪の中にいるからであって、あなたが弱いからではありません。
「名ばかり店長」に気をつけて
ここからは、飲食で働く人にぜひ知っておいてほしい、法律の話をします。とくに店長・店長候補と言われている人は、必ず読んでください。
「店長だから残業代は出ない」は、本当か
店長になったとたん、残業代がつかなくなった。役職手当は少しついたけれど、労働時間はむしろ増え、時給換算するとアルバイトより低い——飲食では、よく聞く話です。
会社はたいてい「店長は管理監督者だから、残業代の対象外」と説明します。しかし、この扱いが違法になり得ることは、あまり知られていません。
国は「名ばかり管理職」を問題視している
厚生労働省は、多店舗展開する小売業・飲食業などの店長について、十分な権限も待遇も与えられていないのに「管理監督者」として扱い、長時間労働をさせる事案を問題視し、判断基準を示した通達を出しています。その内容は「「管理監督者」の範囲の適正化に関するQ&A」として公開されています。
ポイントは、肩書きが「店長」でも、実態が伴わなければ管理監督者ではないということ。実態が伴わなければ、会社は残業代を支払う義務があります。
なぜこんなことが起きるのか。背景にあるのは、人件費を抑えたいという事情です。店長を「管理職」にしてしまえば、どれだけ残業させても残業代を払わなくてよい——そう考える会社が、現実に存在します。過去には、大手チェーンの店長について裁判で管理監督者性が否定された例もあり、決してあいまいなグレーゾーンの話ではありません。
あなたは当てはまる? 実態のチェック
次のような状態なら、「管理監督者」とは言えない可能性があります。
- アルバイトの採用・解雇について、実質的な決定権がない
- 本部が決めたシフト・価格・商品を、そのまま実行するだけ
- 自分の出退勤が事実上決められていて、遅刻・早退で賃金を引かれる
- 人が足りず、実際にはプレーヤーとして現場に入り続けている
- 役職手当が、失った残業代に見合わない(部下より時給換算で低い)
これらに当てはまるなら、「名ばかり店長」の可能性があります。タイムカードやシフト表、給与明細を保存し、労働時間の記録を残してください。そのうえで、各都道府県の労働局・労働基準監督署にある「総合労働相談コーナー」に相談できます。無料・予約不要で、匿名でも相談可能です。「店長だから仕方ない」と諦める前に、一度確かめていいのです。
逃げ道は「業態を変える」
もし限界が近いなら、知っておいてほしいことがあります。ひとくちに飲食といっても、業態によって働き方はまるで違うということです。
深夜まで酔客を相手にする居酒屋と、朝〜夕方で終わるカフェやベーカリー。年中無休のチェーンと、土日休みの社員食堂・給食・企業内カフェ。同じ「飲食」でも、生活リズムも客層もストレスの質も別物です。「飲食そのものが嫌になった」のか、「今の業態・今の店がきつい」だけなのか——ここを分けて考えると、進む道が見えてきます。
- 居酒屋・バー — 深夜中心で酔客対応も多い。稼ぎは大きいが、生活は最も不規則
- カフェ・ベーカリー — 朝〜夕方が中心。早朝は早いが、夜の時間は自分のもの
- ファミレス・チェーン — マニュアルが整っていて、シフトの融通は比較的利きやすい
- ホテル・宴会・ブライダル — 土日祝が繁忙。大型施設ほど分業が進んでいる
- 社員食堂・給食・企業内カフェ — 土日休み・夜なしの職場も多く、生活リズムを取り戻しやすい
実際、居酒屋で体を壊しかけた人が、社員食堂や給食の現場に移って「人生が変わった」と言うことは珍しくありません。料理や接客のスキルは、そのまま持っていけます。
そして、飲食で身につく力は、外でも評価されます。同時に複数のことをさばく段取り力、突発対応の胆力、原価や売上の感覚、そしてどんな客とも渡り合える接客力。飲食を離れて、販売・営業・事務・食品メーカー・EC などで活躍している人はたくさんいます。「飲食しかやってこなかった」は、引け目に感じることではありません。
むしろ、ピークタイムを回し切る段取り力や、初対面の相手を一瞬で和ませる接客力は、机の上で教わって身につくものではありません。飲食で当たり前のようにやってきたことは、外に出れば十分すぎるほど「強み」として通用します。
もちろん、心身の不調が出ているなら、まずは休んでください。眠れない、朝起きられない、店に向かう足が重い——そんな状態が 2 週間以上続くなら、我慢する前に医療機関へ。倒れてからでは、次の一歩も踏み出せません。
ひとりで抱えないで
飲食のしんどさは、同じ現場に立った人にしか、本当のところは伝わりません。家族に話しても「みんな大変だよ」で終わり、店では弱音を吐けば「気合が足りない」と言われる。だから飲食で働く人は、しんどさを飲み込むことに慣れてしまいがちです。
だからこそ、同じ職種の仲間と本音でつながれる場所が必要です。グチトモには、飲食店で働く仲間がいます。「今日もピークで死んだ」「休憩取れなかった」「店長なのに残業代出ない」——そんな一言に、「わかる」と返してくれる誰かが、ここにいます。
今日もお疲れさまでした。あなたが感じているきつさは、業界全体が抱える構造の問題です。ひとりで背負わず、ここで降ろしていってください。
出典・参考資料(すべて一次情報)
- 厚生労働省「雇用動向調査」(宿泊業・飲食サービス業の離職率が全産業で最も高い) https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/9-23-1.html
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(宿泊業・飲食サービス業の 3 年以内離職率) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html
- 厚生労働省「『管理監督者』の範囲の適正化に関するQ&A」(多店舗展開する小売業・飲食業等の店長の管理監督者性) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/faq/faq_kanri.html
- UA ゼンセン「カスタマーハラスメント対策アンケート調査」(2024 年、流通・サービス業)※労働政策研究・研修機構(JILPT)紹介 https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2024/08_09/shuzai_01.html
