「せっかく公務員になれたのに、辞めたいなんて、贅沢な悩みだよ」——そう言われて、口をつぐんだことはないでしょうか。
結論から言います。公務員を辞めたいと悩むのは、まったくおかしなことではありません。むしろいま、若手を中心に「安定なのに辞めたい」と感じ、実際に辞めていく人が急増しています。あなたが感じているモヤモヤは、あなた一人のわがままではなく、公務員という働き方そのものが抱える問題の表れです。
この記事では、「安定」と言われる公務員が、なぜこれほど「辞めたい」と思われるのかを、公的データと現場のリアルから整理します。今まさに辞表を出すか迷っている人の、判断の材料になればと思います。
揺らぐ「安定神話」— 若手はもう、辞め始めている
「公務員=安定・勝ち組」というイメージは、いまも根強くあります。親世代にとっては、不況でもリストラのない公務員は、憧れの就職先でした。でも、その足元では、若手の離職が静かに、しかし確実に増えています。
人事院の「公務員白書」によると、国家公務員の総合職(いわゆるキャリア官僚)で、採用から 5 年未満で辞める人の割合は、5.1% から 10.0% へとほぼ倍増(平成 25 年度採用者と平成 28 年度採用者の比較)。採用後 10 年未満の若手退職者数も、43.4% 増えています。難関試験を突破し、国を動かす仕事に就いたはずの人たちが、これだけ辞めているのです。
さらに同白書では、30 歳未満の職員のうち「辞めたい」という離職意向を持つ人が、男性で 13.5%、女性で 11.4% にのぼるとされます。実際に辞めた人の裏には、「辞めたいけれど、まだ踏みとどまっている」人が、その何倍もいるということです。もしあなたがその一人なら、決して少数派ではありません。
これは国家公務員に限った話ではありません。総務省の資料でも、地方公務員の離職率は民間より低いものの、近年はとくに若い世代の離職が目立つようになったと指摘されています。市役所や町役場の若手が、数年で辞めていく——そんな話が、各地で聞かれるようになりました。
たしかに、民間の新卒 3 年以内離職率が約 3 割であることに比べれば、公務員の離職率はまだ低い水準です。だからこそ「公務員で辞める人なんて少数派」という思い込みが強く、辞めたい人ほど声を上げづらい。けれど、数字は確実に動いています。「みんな辞めないから」ではなく、「自分はどうしたいか」で考えていい時代になったのです。
そもそも、公務員の「安定」の中身も、昔とは変わってきています。財政難や行政改革で職員数は絞られる一方、仕事の量や複雑さは減らず、一人あたりの負担はむしろ増加。非正規の会計年度任用職員が現場を支える裏で、正規職員には責任と業務が集中します。「安定」と引き換えに背負うものが、年々重くなっているのです。
心の健康も揺らいでいます。一般財団法人 地方公務員安全衛生推進協会「地方公務員健康状況等の現況」によると、精神疾患による長期病休者は 10 年前の約 1.9 倍に増加。メンタル不調で 1 か月以上の休職・病休を取った地方公務員は、近年 約 4.9 万人(職員の約 1.5%)にのぼります。安定した職場のはずが、心を病んで倒れる人が、増え続けているのです。
つまり「安定なのに辞めたい」「安定なのに心を病む」——これは、いま全国の公務員の職場で、現実に起きている現象です。あなたが弱いのでも、恵まれた環境に不満を言っているのでもありません。
なぜ「安定」なのに、辞めたくなるのか
では、これだけ「安定」と言われる公務員が、なぜ辞めたくなるのか。その理由は、民間の「辞めたい」とは少し質が違います。"安定"であるがゆえの、独特のしんどさがあるのです。
① 頑張っても、成果が反映されない
公務員の給与や昇進は、基本的に年功序列です。どれだけ工夫して業務を改善しても、成果を出しても、隣の席で最低限をこなしているだけの先輩と、給料はほとんど変わらない。評価は主に勤続年数で決まり、頑張りが数字に返ってきません。
「やってもやらなくても同じ」という空気のなかで、やる気のある人ほど、やりがいをすり減らしていきます。成長したい、認められたいという若手にとって、この「頑張り損」の構造は、想像以上に深い失望を生みます。優秀で意欲的な人から辞めていく、と言われるのはこのためです。
民間なら、成果を出せば昇給・昇進・転職でキャリアを描けます。でも公務員では、その「頑張れば報われる」実感が得にくい。若いうちの数年は、その後の伸びしろを大きく左右します。「ここにいる時間が、自分の市場価値を上げているのだろうか」——そんな不安が、辞めたい気持ちを後押しします。
② 「安定」の裏の、長時間労働
定時で帰れるイメージとは裏腹に、部署によっては長時間労働が常態化しています。とくに中央省庁(霞が関)では、国会対応が大きな負担です。議員からの質問に備えて深夜まで待機し、通告が来てから徹夜で答弁を作る。「国会待機」で終電を逃すことも珍しくありません。
地方でも、災害が起これば昼夜を問わず動員され、選挙、予算編成、確定申告や年度末、住民対応の繁忙期には残業が続きます。とくに教育現場を担う教員も地方公務員であり、その過酷さは教師の長時間労働の記事でも見たとおりです。「安定=楽」というイメージは、現場の実態とはかけ離れています。窓口をもつ部署なら、繁忙期は昼休みもろくに取れず、閉庁後にようやく自分の事務作業に取りかかる。「定時退庁」を掲げていても、掲げているだけで実態が伴わない職場は少なくありません。
③ 住民・納税者からの理不尽
窓口や電話で、住民や納税者からの理不尽な要求・クレームを浴びるのも公務員です。制度上どうしてもできないことを「なんとかしろ」と長時間怒鳴られる。「税金で食べているくせに」という言葉を盾に、人格を否定される。窓口で土下座を求められたり、SNS にさらすと脅されたりすることもあります。
近年はこうした行為も「カスタマーハラスメント」として問題視されるようになってきましたが、公務員の世界には「公僕なのだから我慢して当然」という空気が、まだ根強く残っています。自分に非がなくても、組織の代表として頭を下げ続ける。この感情労働が、静かに心を削っていきます。理不尽なカスハラを受けたときは、一人で抱えないでください。多くの自治体・省庁には相談窓口があり、悪質なものは記録を残して人事や上司に共有していい。「公僕だから我慢」は、もう時代に合いません。
④ 前例主義と、変えられないもどかしさ
「前例がないから」「決まりだから」という理由で、明らかに非効率なやり方が延々と続く。もっと良くしたいと提案しても、複雑な稟議、押印文化、縦割りの壁に阻まれて、何も動かない。
住民のために働きたい、社会を良くしたいという志を持って入った人ほど、この閉塞感に打ちのめされます。書類と手続きに一日が消え、本当にやりたかった仕事にはたどり着けない。「自分は何のためにここにいるのか」——その問いが、辞めたい気持ちを静かに育てていきます。
しかも、組織を変えようと声を上げた人が、煙たがられて浮いてしまうこともある。「余計なことをするな」という空気のなかで、改善意欲そのものが罰せられるように感じる。まじめで前向きな人ほど、この文化に消耗していくのは、皮肉な話です。
⑤ 安定だが、上がりにくい給料
公務員の給料は、急に下がらない代わりに、急に上がることもありません。民間で成果を出して年収を大きく伸ばす同期を見て、「自分はこのまま横ばいなのか」と焦る。安定と引き換えに、収入の上限が早々に見えてしまうのです。
しかも公務員は、原則として副業が制限されています。給料が上がりにくいのに、自分で収入を増やす手段も限られる。物価が上がり続けるいま、この「上がらない安定」に、将来の不安を感じる若手は少なくありません。住宅ローンや教育費まで見据えると、年功で少しずつ上がるだけの給与カーブでは、思い描いた暮らしに届かない。安定は生活を守ってはくれても、豊かにしてくれるとは限らないのです。
⑥ 「もったいない」という周囲の圧
そして、公務員特有の最大の呪縛が、これです。辞めたいと口にすると、家族も友人も「安定を捨てるの?」「もったいない」「せっかく受かったのに」と口をそろえる。親が喜んでくれた就職先だからこそ、なおさら言い出せない。
この圧が、辞めたい気持ちに蓋をさせ、「辞めたいと思う自分がおかしいのか」と自分を責めさせます。結果、本当は限界なのに我慢を重ね、心を病んでから初めて休む——という人が後を絶ちません。
⑦ 世間の厳しい目と、私生活の制約
公務員は、勤務時間の外でも「公務員らしさ」を求められます。SNS での発言は炎上のリスクと隣り合わせ、政治的な活動には制限があり、前述のとおり副業も原則できません。ちょっとした失敗やスキャンダルが「税金泥棒」と大きく報じられ、一部の不祥事の尻ぬぐいを、まじめに働く大多数が背負わされることもあります。
「安定」の代償として、私生活の自由や身軽さを差し出している——そう感じたとき、若い世代ほど「この窮屈さは、本当に安定に見合うのか」と問い直すのです。安定は、無条件のご褒美ではなく、いろいろなものと引き換えの選択でもあるのです。
「もったいない」の呪縛を、どう解くか
辞めたい気持ちを最後まで縛りつけるのが、この「もったいない」という言葉です。ここを、一度きちんと考えてみましょう。
まず、「もったいない」は誰の物差しでしょうか。安定を最優先する人にとっては、公務員を辞めるのは確かに「もったいない」。でも、成長ややりがい、あるいは心身の健康を大事にしたいあなたにとっては、合わない環境に居続けることのほうが、よほど「もったいない」かもしれません。人生の物差しは、周囲ではなく、あなた自身が持つものです。
もちろん、安定という価値は本物です。それを軽んじるつもりはありません。けれど、心や体を壊してまで守るべき安定は、どこにもありません。前の章で見たとおり、公務員の精神疾患による休職は増え続けています。倒れてからでは、安定も何も守れないのです。
そして、時代は変わりました。かつて「公務員から民間へ」は珍しい道でしたが、いまや公務員経験者を積極的に採用する民間企業は増えています。複雑な制度を正確に扱う力、多くの関係者を調整する力、堅い文書を正確に作る力、そして粘り強さは、民間でも十分に通用するスキルです。実際、元公務員はコンサル、金融、IT、人事、法務・コンプライアンスなど、幅広い分野で活躍しています。「公務員しかやってこなかった」は、引け目に感じる必要のないことなのです。
むしろ、公務員として培った「正確さ」「粘り強さ」「公平に物事を判断する力」は、コンプライアンスや信頼が重視される今の時代に、強く求められている資質です。あなたのキャリアは、役所の中だけで完結するものではありません。
とはいえ、いきなり辞める前に、できることもあります。心身がつらいなら、我慢せず病気休暇や休職の制度を使っていい——それは、公務員にしっかり保障された正当な権利です。部署や仕事が合わないだけなら、異動の希望を出す手もあります。人事や、各自治体・省庁のカウンセラー・相談窓口、労働組合(職員団体)に相談することもできます。「辞める」という結論は、こうした選択肢を試したうえで出しても、決して遅くはありません。
とくに、心のサインは見逃さないでください。眠れない、朝起き上がれない、日曜の夜になると気が重くて涙が出る——そんな状態が 2 週間以上続くなら、我慢する前に心療内科を受診していい。それは弱さではなく、自分を守る行動です。そして、もし転職を考えるなら、動くのは早いほど有利です。20 代・30 代のうちであれば、公務員から民間への道は、あなたが思うよりずっと広く開かれています。
それでも迷う、あなたへ
公務員のしんどさは、外からはいちばん理解されにくいものです。「安定してていいじゃない」の一言で片付けられ、家族にも友人にも、本当のつらさは伝わりにくい。同僚に弱音を吐けば「意識が低い」と見られそうで怖い。だからこそ、公務員は「言えなさ」を抱えて孤立しがちです。
だからこそ、同じ立場の仲間と本音でつながれる場所が必要です。グチトモには、公務員として働く仲間がいます。「頑張っても評価されない」「国会対応で終電すら逃した」「住民に怒鳴られた」「辞めたいけど言えない」——そんな一言に、「わかる」と返してくれる誰かが、ここにいます。
今日もお疲れさまでした。「安定なのに辞めたい」と思うあなたの気持ちは、贅沢でも甘えでもありません。ひとりで抱えず、ここで吐き出していってください。
出典・参考資料(すべて一次情報)
- 人事院「公務員白書(年次報告書)」(総合職採用職員の退職状況・若手の離職意向) https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/koumuinhakusyo/hakusho/R4/1-2-01-2.html
- 総務省「地方公務員の退職状況等」資料(若い世代の離職の増加) https://www.soumu.go.jp/main_content/000925649.pdf
- 一般財団法人 地方公務員安全衛生推進協会「地方公務員健康状況等の現況」(精神疾患による長期病休者・休職者) https://www.jalsha.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/R6kenkougaiyou.pdf
